「ホルムズ海峡」から見えてくる原油の話のメインビジュアル
集団的自衛権の行使の1つの例として想定されたことで知名度の上がった「ホルムズ海峡」ですが、どんなところにあって、日本とどんな関係性があるのかを改めて考えてみましょう。

ホルムズ海峡とは

ホルムズ海峡はペルシア湾とオマーン湾の間にある海峡で、かつては付近にホルムズ王国があったとされています。
ホルムズ海峡の特徴は最も狭いところで33Kmほどしか幅がない、海上を経由して取引きされる原油の約30%が通過する要衝、そしてスピードボートなどに乗って攻撃してくるゲリラの存在などがある特殊な海峡です。

意外性のあるホルムズ海峡ですが、中東からアジア諸国に原油を輸送する際には避けて通ることのできない重要な場所で、集団的自衛権の例で想定されたような海上封鎖が行われるとなると、日本はもちろん、ほかのアジア圏の国々にも大きな影響がでます。

ホルムズ海峡で起きたタンカー戦争

ホルムズ海峡の真上にはイランがあり、1980年~1988年まで続いた「イラン・イラク戦争」の際にはホルムズ海峡周辺は非常に緊迫していました。
特に1987年~1988年は「タンカー戦争」と言われ、イラン側が機雷を敷設したことで一層危険な海域になり、イランに隣接しているクウェートは、アメリカに自国のタンカーに対して護衛艦を要請しました。

イランは海軍の力がわずかであっても大きな影響を与えられるとして海上に機雷を敷設し続けました。
結果として、スーパータンカー5隻をはじめ、商船などを含めた多くの船がホルムズ海峡を含めた、オマーン湾とペルシア湾で触雷しました。

ホルムズ海峡と日本

集団的自衛権で想定されたような事例はまさにこのような状況であり、当時も日本から海上自衛隊の掃海艇の派遣が検討され、掃海艇の派遣は法律上は問題なく可能といされていましたが、政治的判断からその時は見送られました。

実際に海上自衛隊の掃海艇がホルムズ海峡に派遣されたのは1991年のことであり、参加できたのは停戦が結ばれた後だったためです。
ホルムズ海峡が中東とアジアを結ぶ原油の重要なラインであることを考えると、対応が少し遅かったかもしれません。
日本は石油を様々な国から購入していますが、その多くは中東諸国であり、ホルムズ海峡を通らない方法で日本に供給される石油は輸入全体の19%で、残りはすべてホルムズ海峡を経由します。

また、天然ガスに関してもほぼ同様で、ホルムズ海峡を経由して日本に供給される量は全体の約30%近くあります。
ホルムズ海峡の封鎖がアジア諸国、特に日本にとっては大きな意味をもっています。

現在のホルムズ海峡は

集団的自衛権の例として想定されたような事態は今日では起こりにくいといえます。
まず、ホルムズ海峡周辺に機雷を敷設していたイランは、現在ではアメリカなどの国から経済制裁を受けていて、これから原油の輸出量を増幅させていく時期なので封鎖をする必要はないとしています。

また、ホルムズ海峡が非常に重要な海域であり、ここを中東の情勢悪化などで封鎖されても安全に石油を供給するために2008年からパイプラインが建設され、2010年から試運転が開始されています。
アブダビ南方のハブシャン油田からインド洋側のフジャイラ港までの約370kmを、ホルムズ海峡を迂回するようなかたちで建設しました。
このパイプラインはUAEアブダビ首長国の輸出量の6~7割に相当する150万バレルを供給することが可能になっています。

おわりに

ホルムズ海峡は現在のところ差し迫った脅威があることは考えにくい、というのが現状です。
しかし引続き、ホルムズ海峡が引き続き安定した状況を保たれる必要があり、現在でも重要な海域であることに変わりはありません。